最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)97号 判決 1992年6月26日
京都市左京区山端川岸町八番地の一
上告人
有限会社 平八茶屋
右代表者代表取締役
園部武
右訴訟代理人弁理士
新実健郎
村田紀子
橋本昭二
京都市東山区祇園町南側五二八
被上告人
越後正三
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一五〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年三月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人新実健郎、同村田紀子、同橋本昭二の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)
(平成二年(行ツ)第九七号 上告人 有限会社平八茶屋)
上告代理人新実健郎、同村田紀子、同橋本昭二の上告理由
上告理由第一点
原判決には、商標法第五〇条第二項の解釈適用について、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一、本件商標登録の取消の審判において、被上告人(原審判被請求人)は、被上告人自らが本件登録商標または本件登録商標と連合する登録商標を、本件取消請求に係る指定商品について使用していたと主張したものである。
二、前記の被上告人(原審判被請求人)の主張の下に、本件取消請求に係る指定商品についての本件登録商標の取消を免れるためには、次の二つの要件を満足することが必要とされる。
(1) 本件登録商標またはこれと連合する登録商標が、被上告人(原審判被請求人)によって現実に使用されていたこと、
(2) 前記(1)の事実を被上告人(原審判被請求人)が証明すること。
三、そして、前記(1)の要件については、その事実が審判請求の登録前三年間以内に存することが要求され、前記(2)の要件については審決のときにおいてこれを満足することが要求されると解される。これは商標法第五〇条第一項および第二項の各規定に照らしても、また、審決取消請求訴訟が審決時における審決の当否を判断すべきものであることに照らしても、更には、次の事項に照らしても明らかである。
四、すなわち、商標法第五〇条の商標登録の取消審判は、専ら当事者間の私益に係わる問題である。したがって、利害関係についても取消請求原因についても、主張および立証の責任は当事者に委ねられるべきである。公益が優先し、あるいは常に公益が係わりを持つ特許の無効審判の場合、あるいは公益規定に基づく商標登録の無効または取消の審判の場合に適用がある職権探知主義(特許法第一五〇条第一項および特許法第一五三条第一項(商標法で準用する場合を含む))は、専ら両当事者の私益に係わる係争である商標法第五〇条の商標登録の取消審判においては適用の余地が少ない。特に商標法第五〇条の商標登録の取消審判においては、登録商標の使用事実の挙証責任については、一般民事訴訟におけるごとく抽象的に定まっているものではなく、審判請求人に具体的、かつ絶対的な挙証責任を課しているのであって(少なくともこの限りにおいて職権探知は排除されているということができる)、審判請求人がこの義務を果たさない限り、商標登録の取消を免れないものである。不使用による商標登録の取消の審判と制度の趣旨を共通にする商標権存続期間更新登録の場合においては、商標の使用事実を証明するための必要な書類は、更新登録の出願と同時に堤出することが義務付けられ、原則としてその訂正や変更は許されないとされている(商標法第二〇条の二第一号および第二一条第一項第二号)。更に登録商標が現実に使用されていたのであれば、商標権者においてそれを立証することは極めて容易な筈である。このような事情を総合して勘案するとき、商標法第五〇条の規定による登録商標の不使用による取消を免れるためには、商標登録取消の審判の請求後、相当な期間内に、遅くとも審決のときまでに、被請求人からその旨の具体的主張がなされ、かつ、その事実が証明されなければならないと解することを妥当とするものである。
五、右と異なうた見解に立つ昭和六二年一一月三〇日東京高等裁判所第一三民事部判決昭和六二年(行ケ)第六〇号は、御庁において変更されるべきものであると思料する。
六、さて、被上告人(原審判被請求人)は、原審判において、被上告人は本件登録商標またはこれと連合する登録商標を、その販売に係る「うどんちり」および「うなぎの蒲焼」について使用していたと主張し、かつ、これら「うどんちり」および「うなぎの蒲焼」が本件取消請求に係る指定商品に含まれると主張したものである。
七、右の被上告人が、本件登録商標またはこれと連合する登録商標を使用していたと主張する商品のうち、「うどんちり」なる商品が本件取消審判の取消に係る指定商品に該当しないことは、原判決が説示する通りである。
八、もう一つの商品の「うなぎの蒲焼」については、それが本件審判の取消請求に係る指定商品に該当するかどうかの問題はさておき(この点については上告理由第四点において後述する)、被上告人(原審判被請求人)は本件審判係属中において本件登録商標またはこれと連合する商標を使用していたことを証明しなかつたものである。これに関して被上告人(原審判被請求人)が原審判において提出した証拠方法は、原審判乙第四号証の一および二の写真(原審甲第六号証の五および六)と、原審判乙第五号証の伝票写(原審甲第六号証の七)、および原審判乙第六号証の伝票綴りの写真(原審甲第六号証の八)のみであって、これらのみを以てしては、到底、本件登録商標またはこれと連合する登録商標が被上告人(原審判被請求人)の販売に係る「うなぎの蒲焼」について使用されていたことを証明できるものではない。加えて、被上告人(原審判被請求人)が原審判において昭和五七年三月一日付の答弁書(甲第三号証)第六頁において、「但し、持帰り用の・・・・・・または「蒲焼」等は、寿司や弁当類と異り、店内で飲食された客が帰宅時に土産として注文されるのが殆んどで、「お持ち帰りコーナー」で直接販売は極めて少ない。」と述べているところからみて、ここに言う「蒲焼」は、市場において交換することを目的として生産されたものでないので商標法上の商品とは認められないものである。
九、してみると、「本件審判請求に対し、被請求人は、本件審判請求の登録前三年以内に日本国内において、本件審判請求に係る商品について、本件商標を使用していたことを証明したものと認めることができない。」とした原審決には、審決のときを基準にしてみて、何ら違法な点は存しなかったものである。
一〇、これに対し、原判決は、審決のときにおいて前掲の要件(2)を満足していたかどうかを判断することなく、被上告人が原審判において主張しなかった新たな主張事実、すなわち、単独で販売される「うどんちり用うどんめん」について本件商標を使用していたという主張事実、および原審判において提出しなかった新たな証拠方法、すなわち、証人実川恵子の証言(なお、この証言は、原審判における請求人の主張と相容れないものがある)のみを採用して、本件登録商標が本件取消請求に係る指定商品に属する特定商品について使用されていたとして、原審決を取り消したものである。
一一、したがって原判決は、商標法第五〇条第二項を誤って解釈適用しており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、破棄されるべきである。
上告理由第二点
原判決には、判断遺脱または釈明権を行使しなかったことに関し判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一、被上告人(原審判被請求人)は、原審判および原審において、京都市東山区祇園町南側五八二番地所在の、被上告人経営の割烹寿司「祇園平八」本店において、同店「お持ち帰りコーナー」で販売する「うどんちり」および「うなぎの蒲焼」の各商品の包装に、本件商標またはこれと連合関係にある登録第七七五二九九号商標「平八」を付して使用していたものであると主張したものである。
二、ところが、京都市東山区祇園町南側五八二番地に所在し、原審甲第六号証(原審判乙第九号証)のパンフレットに営業内容が示されている「祇園平八」なる名称の料理店の営業主体は、被上告人本人ではなく、同地に本店が所在する「株式会社祇園平八」なる法人である。これは、別添乙第四号証の一ないし三として提出する訴外株式会社祇園平八の登記簿謄本、同閉鎖した商号資本欄の用紙の謄本および同閉鎖した目的欄の用紙の謄本の記載によっても明らかである。被上告人本人は、右訴外株式会社紙園平八の代表取締役であるに過ぎず、訴外株式会社紙園平八の商標使用行為をもって被上告人本人の商標使用行為とみなすことはできない。
三、上告人は、原審判において、被上告人が本件商標またはこれと連合する登録商標を使用していたと主張する営業主体と本件登録商標の商標権者の関係について釈明を求めたのに対し、被上告人は昭和五七年一〇月二〇日付の再答弁書(甲第三号証の一)第二頁第四行ないし第一〇行において、被上告人自らの使用であると、誤った、あるいは偽りの答弁をしていたものである。そして原審においてもこの主張は維持されたままであった。
四、原審においては、本件商標を使用していたとされる営業主体と商標権者(被上告人および原審原告)の異同について確認あるいは釈明権の行使がなされなかったもので、判断の遺脱または法令の違背がある。
五、そして原審判においても、また、原審においても、商標権者本人(原審判被請求人、原審原告および当審被上告人)が「祇園平八」なる名称の料理店を自ら経営していたことを示す証拠は何ら提出されていない。なお、被上告人本人(商標権者)は、競業避止義務(商法第二四六条)により、訴外株式会社祇園平八の営業と抵触する営業を行うことができなかったものである。その他、被上告人本人(商標権者)が本件登録商標を本件取消請求に係る指定商品について使用していたことについては、何らの証拠も提出されていない。
六、結局のところ、原審判においても原審においても、被上告人は、商標権者である原審判被請求人および原審原告において本件登録商標またはこれと連合する登録商標が本件取消請求に係る指定商品について使用されていたことを、証明しなかったことに帰するものであって、結論において、商標法第五〇条第二項の規定により、本件商標の登録を特定の指定商品について取り消すべきものとした原審決には誤りはなく、これに反する判断をした原判決は違法であって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるというべきである。
上告理由第三点
原判決には、商標法にいう「商標」の解釈を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすものである。
一、原判決においては、甲第六号証の四および甲第六号証の六の写真に示される包装紙の使用が本件登録商標の使用に該当すると判断したものである。
二、しかしながら、甲第六号証の四および甲第六号証の六に示される包装紙および封緘紙における「祇園平八」の文字からなる標章は、料理店としての営業表示であり、商標法にいう商標の使用に該当しないものである。すなわち、右包装紙において、中央の「祇園平八」の右肩に表わされた「珍味 うどんちりしゃぶしゃぶ 総本家」の文字および「活魚料理、平八寿司」の文字、または「珍味 うどんちり しゃぶしゃぶ元祖」の文字、並びに、「祇園平八」の文字のそれぞれ左下方に表わされた、いずれも本店および支店の住所表示は、中央の「祇園平八」の文字をして料理店としての営業主体の名称であることを認識させるものである。加えて、「祇園」の文字は営業主体の所在地(京都市の紙園界隈)を表示するものであり、したがって、これらは甲第六号証の一のパンフレットにおける「祇園平八」なる標章および甲第六号証の二の写真に示される看板、のれん等における「祇園平八」なる標章の表示と共に、料理店としての単なる商号または営業主体表示に過ぎないものである。なお、甲第六号証の一のパンフレットが本件登録商標の使用に該当しないことは被上告人が自認している通りである(原審平成一年一一月二〇日付原告準備書面(第二回)第二丁表頁第一〇行ないし第一二行参照)。
三、加えて、右包装紙によって包装された物品は、「祇園平八」なる名称の料理店においてのみ入手可能であり(百貨店その他の小売店で販売されることはない)、これを入手した者は、右包装紙における「祇園平八」なる標章は、営業主体名称の表示であるとしてのみ認識し、被包装物の商品商標その他の商標であると認識する可能性はない。
四、なお、料理店で時に顧客が持帰る折詰料理の包装紙において、料理店の名称ないしは商号などの営業主体を他の表示より顕著に表示することは普通に行われているところであり、右甲第六号証の四および甲第六号証の六に示される包装紙における「祇園平八」の文字からなる標章も、通常用いられる方法を以て自己の名称、商号を表わしたものに過ぎず、商標権の効力外の問題である(なお、商標法第二六条参照)。
五、したがって、右包装紙に表わされた「祇園平八」の文字からなる標章自体、商標としての機能を有しないものであり、右包装紙の使用を以て、本件商標の使用であると判断した原判決は、商標法にいう商標の解釈を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるものである。
上告理由第四点
原判決には、取消請求になる商品の解釈につき、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一、原判決は、本件登録商標が、被上告人の営業に係る商品である「うなぎの蒲焼」および「うどんちり用うどん」に使用されていたと認定し、それに基づいて原審決を取消すべきものと判断したものである。しかしながら、原判決にいう「うなぎの蒲焼」は、本件審判において取消請求に係る商品に該当しない。その理由は次の通りである。
二、商標法第五〇条第一項に規定する、いわゆる不使用による商標登録の取消の審判は、各指定商品についてこれを請求することができるとされている。ここに指定商品というのは、商標法第六条に規定される通り、政令で定める商品の区分内において指定した商品であり、ここに政令で定める商品の区分とは、商標法施行令第一条の別表に、さらに詳細には、商標法施行規則第三条に規定される通りの同商標施行規則の別表記載の区分に属する商品のことである。
三、ところで、本件商標登録取消の審判は、商標法施行規則の別表の第三二類に属する商品の内で、「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、肉製品、加工水産物、加工穀物、加工野菜および加工果実」について、本件商標登録の取消を求めるものである。したがって、商標法施行規則の別表に記載の商品であって、加工食料品に属するものの内、「五 その他の加工食料品」の概念に属するものについては、本件商標登録取消審判の取消請求に係る商品の対象外とされるものである。
四、原判決において、本件登録商標が使用されたとされる「つなぎの蒲焼」は、甲第六号証の五の写真に示されるごとき態様のものとされるが、これは、調理されたうなぎの蒲焼の一人前の料理の折詰に他ならない。ここにいう「うなぎの蒲焼」は、直ちに店頭で販売できるようすでに加工され、真空パックその他の専用容器に包装されているものではなく、注文があったとき(注文自体が極めて少ないことは甲第三号証答弁書第六頁第一行ないし第八行、甲第三号証の三答弁書(第四)第二頁下から二行ないし第三頁第六行、訴状第三丁表頁第六行ないし同丁裏頁第一三行で被上告人が自認している通りである)はじめて調理され、その上で一人前のものを単位として寿司用の折箱に詰められ包装されて注文客に渡されるものである(証人実川恵子の証言援用)。そしてこの「うなぎの蒲焼の折詰料理」には箸をつけて「注文客」に手渡されるもので(証人実川恵子の証言援用)、持帰ったときには、料理店で食すると同様その儘食用に供することができるものである。
五、このような一人前を単位とした料理の折詰としての「うなぎの蒲焼」は、商標法施行規則の別表に定める商標の区分においては、「べんとう」の類に属するものである。
六、「べんとう」の用語は多くの場合、米飯を含んだ料理を携行用容器に詰めたものを指称するが、米飯を含まない料理のみを詰めた料理弁当(各種洋食、中華料理および和食のものがある)も一般に市販されている。したがって、原告の特定に係る指定商品の一つである「うなぎの蒲焼」の一人前の料理の折詰は、弁当の類に属するものであり、商標法施行規則の別表記載の商品区分においては、三二類に属する商品の内、「五 その他の加工食品」の概念に属するものである。
なお、特許庁においても、「料理弁当」又は「料理の折詰」が「弁当」の概念に含まれるものとして取り扱ってきたことは、昭和五二年三月二五日、社団法人発明協会発行特許庁商標課編「商品類別集」(乙第一号証)第一七〇頁(昭和二八年四月改訂 類似商品例集(改訂版)の内)、同第二三七頁(昭和三一年一月改訂 類似商品例集 (改訂版)の内)、および同第三〇五頁(昭和三二年一一月再訂類似商品例集(再訂版)の内)における「弁当」の項の記載(それぞれ、「辨當、(料理弁当を含む)」、「弁当(料理の折詰を含む)」、および「弁当(料理の折詰を含む)」の記載がある)に照してみても明らかである。なお、乙第一号証の「商標類別集」は、旧分類におけるものであるが、旧分類の旧第四五類の「弁当」の概念に属するものが、すべて現行法商品区分の第三二類の「べんとう」の概念に含まれるものであることは、昭和三六年一〇月一日社団法入発明協会発行特許庁商標課編「新商品区分に基づく類似商品審査基準(乙第二号証)の新旧類似商品対照表第四一頁における新類商品の「すし、べんとう、サンドイッチ」の欄の記載に照しても明らかである。
七、原判決は、一般に料理弁当あるいは料理の折詰といわれる余地のあるものでも、原材料が水産物の鰻のみである本件の「うなぎの蒲焼」(タレ、薬味のしょうがの薄切りは添え物に過ぎないから、これらの原材料を考慮するのは妥当でない。)は、べんとうの類として「その他の加工食料品」に属するものではなく、商標法施行規則の別表記載の商品区分においては第三二類に属する商品の内、「加工水産物」の概念に属するものと認めるべきであるとしている。
八、しかしながら、「うなぎの蒲焼」が商標法施行規則の別表記載の商品区分において、「加工水産物」の概念に属するか、あるいは「その他の加工食料品」に属するかは、専ら原材料が単一であるかどうかのみによるのではなく、商品自体の性質、すなわち、製造方法、販売形態、需要者の利用状況を総合判断して定めるべきである。何となれば、現行法では商品の区分は原材料主義、生産者主義ではなく、用途主義、販売店主義を原則とし、これに基づいて類否基準も定められているからである。
九、本件の場合、「うなぎの蒲焼」は、料理店で供される「うなぎの蒲焼料理」と同様に調製され、料理の折詰の一種として販売され(そのために箸がつけられる)、需要者も料理店で食用に供される料理と同様の評価で購入するものであり、原材料が単一であるか複合物であるかに関係なく、料理の折詰という形態の商品として認識するものである。別添参考写真に示すように、鰻一匹がそのままいわゆる姿焼で蒲焼とされ、透明な真空パックに包装され、店頭で大量に販売されるような場合には、あるいは「加工水産物」の概念に属する場合もあり得ようが、本件のように、各種の料理を食用に提供する料理店において、その料理の一種としての「うなぎの蒲焼」の切身をそのまま直ちに食用に供することができる調理済の状態で持帰りできるように折箱に詰めて包装したものは、他の料理の折詰と共に、「べんとう」の概念、もしくは、「すし、べんとう、サンドイッチ」の範疇に属するものである。
一〇、してみると、仮に、本件登録商標が、被上告人の主張する「うなぎの蒲焼」に使用されていたとしても、それは本件取消請求に係る商品に該当しないものであるから、これに反する判断をした原判決は、商標法施行規則に定める商品の区分および政令に準ずる商品類否基準の解釈を誤ったものであり、後述する「うどんちり用うどん」についての本件登録商標の使用事実が否定されることと相俟って、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるというべきである。
上告理由第五点
原判決には、採証の法則を誤り、判決に影響を及ぼすべき法令の違背がある。
一、原審判において、被上告人(原審判被請求人)は、本件登録商標等が使用されていたと主張する商品に関して、「但し、持帰り用の「うどんちり」「しゃぶしゃぶ」または「蒲焼」等は、寿司や弁当類と異なり、店内で飲食された客が帰宅時に注文されるのが殆んどで、「お持ち帰りコーナー」で直接販売は極めて少ない」と自白的陳述または主張を行った(甲第三号証、答弁書第六頁第五行ないし第八行)。
二、原審判における被上告人の右の陳述または主張の内容は、それ自体極めて明白である。すなわち、被上告人の右の陳述または主張は、実際問題として「お持ち帰りコーナー」で直接販売されるのは、寿司や弁当のみであって、「うどんちり」「しゃぶしゃぶ」または「蒲焼」等は店内で飲食した客が、帰宅時に注文して持ち帰るに過ぎないというものである。そして、このような態様での持帰りのものにおいても、甲第六号証の四、甲第六号証の五、および甲第六号証の六に示すごとき態様で、「祇園平八」の文字の表わされている包装紙による包装が行われている場合には、本件登録商標等の使用に該当すると主張していたものである(甲第三号証昭和五七年三月一日付答弁書)。
三、右の被上告人の原審判における陳述または主張が真実であることは、右被上告人の原審判における陳述または主張が、被上告人の原審判および原審における代理人が売上伝票を精査した結果に基づくものであることを、審判被請求人代理人が陳述していること(甲第三号証の三平成一年三月一七日付審判被請求人答弁書(第四)第二頁下から六行目ないし第三頁第六行、および原審訴状第二丁裏頁終りから二行目ないし第三丁表頁末行までにおける被上告人(原審原告)の主張参照)、並びに、甲第六号証の二、および甲第六号証の三の写真から明らかなように、店頭の「お持ち帰りコーナー」なる表示は、大きく表わされた「平八寿司」の文字と共に表わされており、したがって、この「お持ち帰りコーナー」なるものは、専ら「平八寿司」なる商品のお持ち帰り専用コーナーであることを需要者に認識させるに十分であることに照らしても明らかである。なおこれらの証拠方法については、原判決にはこれを看過した違法がある。
四、上告人は、原審判および原審において右被上告人の陳述または主張に関し「飲食店で飲食した客が特に注文して料理を一人前ないしは数人前折箱に詰めて持帰り用として有償で提供し、その際に使用する折箱に標章を付けるような行為は、商標法にいう商品についての商標の使用に該当しない」ものである旨を判示した東京地方裁判所民事第二九部昭和五九年(ワ)第六四七六号判決(昭和六二年四月二七日判決言渡)を引用し、被上告人の主張した持帰り用の「うどんちり」「しゃぶしゃぶ」または「蒲焼」等は、商標法にいう商品に該当しないことを指摘した。
五、然るに、原判決においては、前記の被上告人の原審判における自白的陳述または主張について、これを民事訴訟法上の自白に該当しないと指摘すると共に、その後の被上告人(原審判被請求人および原審原告)の主張および証拠方法(特に、証人実川恵子の証言)に基づき、前記被上告人の自白的陳述または主張は信用できないとし、更にすすんで「うどんちり」および「うなぎの蒲焼」についても、「お持ち帰りコーナー」において店頭販売が行われており、これは商標法にいう商品に該当すると判断したものである。しかしながらこの判断は以下のように誤っている。
六、商標法第五六条および特許法第一五一条における民事訴訟法第二五七条の準用については、「当事者が自白した事実」に関しては準用がないが、これは特許または商標の審判手続では通常職権探知主義が支配するからである。しかしながら、本件商標登録取消審判においては、すでに上告理由第一点において指摘したように、係争の対象は専ら当事者間の私益に係わる問題であり、したがって、取消請求原因についての主張および立証の責任は原則として当事者に委ねうれるべきであり、職権探知主義は殆んど適用の余地がない。したがって、真実に反するものでもなく、かつ、錯誤に基づくものでもない審判手続における被請求人の自白的陳述または主張は、民事訴訟法上の裁判上の自白と同様の評価が与えられるべきものである。
七、加えて、原審判においても、原審においても、前記の被上告人の自白的陳述または主張は実質上何ら撤回されておらず、むしろ維持されたままであって(特に原審訴状第三丁表頁第六行ないし第三丁裏頁第一三行の記載参照-「店内で飲食された客が帰宅時に土産として注文されるのが殆んど」であることを否定していない)、少なくとも原審における原告の主張部分は裁判上の自白に該当するものである。
八、被上告人は、その後、原審判および原審において、「お持ち帰りコーナー」においても「うどんちり」および「うなぎの蒲焼」を店頭販売したと主張し、証人実川恵子はこれに副う証言をしている。しかしながら、「うなぎの蒲焼」が店頭販売された事実については物証は何一つ存在しない。次の事実はむしろこれを否定するものである。
(1) 上告人は、原審において、甲第六号証の七に示す伝票写、並びに甲第六号証の八に示す伝票綴りの写真に関して、被上告人(原告)に対し原本の提出を求めたところ、被上告人はこれらの原本は提出できないと陳述した(平成二年一月三一日付原告準備書面(第四回)参照)。これは甲第六号証の七および甲第六号証の八の成立を疑わせるのに十分である。この点についても原判決には顧慮した形跡がない。
(2) 持帰り品としての「うなぎの蒲焼」の伝票として示されたものは、甲第六号証の七の伝票一枚である。本件商標登録取消審判の登録前三年間に多数の「うなぎの蒲焼」がお持帰り品として販売されたのであれば、それらの伝票の原本または写を提出することは容易であった筈である。その立証の責任は原審判被請求人にあったところ、原審判被請求人は甲第六号証の七のみを提出したに過ぎないものである。これは甲第六号証の七に示すものが、「うなぎの蒲焼」がお持帰り品として販売された唯一の例であると推定させるに十分である。
(3) 甲第六号証の七および甲第六号証の八のみを以てしては、はたしてこれらの伝票が「お持ち帰りコーナー」における店頭販売の場合のものであるか、あるいは店内で飲食した客が持帰り品を注文した場合のものであるか判別できない。店内で飲食した者が帰宅時に持帰り品を別注する場合も、店内で飲食したときに使用される伝票とは別に、甲第六号証の七および甲第六号証の八と同様の伝票処理をするものと考えられる。なお、甲第六号証の七における「ヘギ」の文字、および甲第六号証の八の下段中央に示される伝票における「ヘギ」の文字は、それぞれ店内飲食ではなく持帰り品であることを窺わせるものであるが、店頭販売であるのか、店内飲食した客が注文した持帰り品伝票であるのか、判別できない。
(4) 証人実川恵子の証言によれば、「うなぎの蒲焼」が「お持ち帰りコーナー」で販売されたことを伝票をみて知っているという。そして、統計はとったことがなく、販売数量は不明であるという。しかし、証人実川恵子は原告訴訟代理人(審判被請求人代理人)と協力して甲第六号証の七および甲第六号証の八に示される伝票を綿密に精査したものであり(甲第三号証の三、答弁書(第四)および原審訴状における被請求人代理人および原告代理人の陳述、原審平成二年一月三一日付の原告準備書面(第四回)における原告代理人の陳述、並びに、証人実川恵子の陳述参照)、現実に「うなぎの蒲焼」が「お持ち帰りコーナー」で販売されたのであれば、その数量は、容易に確認できた筈である。販売数量についての主張および立証がない以上、「うなぎの蒲焼」が「お持ち帰りコーナー」で反覆継続して販売されたとは到底信じ難い。
九、右に指摘した事実の多くは、甲第六号証の七および甲第六号証の八の原本が提出されていたならば、その真偽をある程度確かめることができたものと信ぜられる。しかしながら、右甲第六号証の七および甲第六号証の八の原本を提出しない以上、これらに依拠した原告原審の主張はすべて否定されるべきである。
一〇、結局のところ、原審判被請求人(原審原告)挙示の証拠方法を以てしては、本件登録商標が被上告人の販売に係る商品と言い得る「うなぎの蒲焼」について使用されていたことは、証人実川恵子の証言を以てしても未だ証明されていないものであり、後述する「うどんちり用うどん」についての本件登録商標の使用事実が否定されることと相俟って、商標法第五〇条第二項の規定する要件が満たされなかったものであり、これに反する判断をした原判決は、採証の法則を誤り、判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるというべきである。
上告理由第六点
原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一、原判決においては、本件登録商標が被上告人の営業に係る商品である「うどんちり用うどん」についても使用されていたと認定し、それに基づいて審決を取り消すべきものと判断している。しかしながら、原判決にいう「うどんちり用うどん」は、商標法にいう商標を使用する商品に該当せず、かつ、「うどんちり用うどん」について、本件登録商標が使用されていたことについても何ら証明されていない。
二、すなわち、被上告人が本件登録商標を使用していたと主張した営業主体である「祇園平八」なる飲食店は、「うどんちり」を看板料理の一つとする料理飲食店営業を営むものである(甲第四号証の一登記簿謄本および甲第六号証の一営業案内パンフレット参照)。したがって、料理飲食店である「祇園平八」はうどんめんを製造または販売することを目的とするものではなく、「うどんちり用うどん」については需要者であって、製造業者または販売業者ではない。
三、原審判被請求人および原審原告は、ショーウインドーにおいて持帰り商品(模型)が陳列されているので、顧客が持帰り商品であることを認識できると主張していたものであるが、「うどんちり用のうどん」については、被上告人が「お持ち帰りコーナー」において店頭販売される商品の陳列棚であると主張するショーウインドーには陳列されていない。また、甲第六号証の一のパンフレットにも「うどんちり用のうどん」が販売できることについては記載はなく、その他、「うどんちり用のうどんめん」のみも購買し得るものであることを顧客に知らしめるものは何一つ存在しない。取扱販売品であることを知らされていない商品を需要者が注文し購入することはあり得ない。仮に、例外的に「うどんちり用のうどん」を注文購入する者があったとしても、それは当該「祇園平八」なる料理店と特殊な関係にある者だけであって、例外的に有償で分け与えるだけでのことで、継続反覆性にない。したがってかかる「うどんちり用のうどん」は、商標法にいう商品に該当しない。
四、「うどんちり用のうどん」が販売される態様も定かではない。すなわち、証人実川恵子の証言によれば、「うどんちり用のうどん」も折箱やへぎに詰めて甲第六号証の四や甲第六号証の六に示すと同様の包装紙で包装されて販売するものであるとされるが、うどんめんの販売形態としては極めて不自然な態様である。何となれば、甲第六号証の四ない六に示すような折箱(寿司折を間に合わせて使用するというものである)や包装紙は、うどんめんの包装には適しないものであるからである。
五、仮に、甲第六号証の四または甲第六号証の六に示されるような包装紙で「うどんちり用うどんめん」が包装されたとしても、その包装紙における「祇園平八」の文字からなる標章が被包装物である「うどんちり用うどんめん」の商標であると認識するものはない。すなわち、それらの包装紙は、すでに上告理由第三点で述べた如く料理飲食店の名称を表わしたに過ぎないとの認識に止まり、被包装物の商標であるとの認識は生じないものである。
六、加えて、被上告人の主張する「うどんちり用のうどん」が販売された時期および数量も不明である。仮に、これが本件審判の登録前三年以内に現実に販売されていたものであれば、その事実を証明することは容易であった筈である。先に指摘したように、原審判被請求人および原審原告の代理人は、持帰り品についての伝票を精査しているが、仮に、「うどんちり用のうどん」がその当時販売されていたのであれば、容易にその伝票を見出すことができた筈である。しかしながら、甲第六号証の七に示すような伝票の類については何ら提出されていない。その他、「うどんちり用のうどんめん」について、本件登録商標が使用されていたことを示す物証は何ら提出されていない。
七、以上のごとく、証人実川恵子の証言を以てしても、本件登録商標が「うどんちり用のうどん」について使用されていたことは証明されていないものであるから、上告理由第四点および上告理由第五点に述べたことと相俟って、本件登録商標が本件取消請求に係る商品について使用されていたことについては、原審判および原審を通じて被上告人において証明できなかったことに帰し、したがって、原判決は商標法第五〇条第二項の解釈および適用を誤ったものとして違法であり、その違法は判決に影響を及ぼすべきものである。
以上
(添付書類省略)